「カメラを止めるな!」観ました

ネタバレなしです。わたしは普段洋画しか観ないんですが、それと言うのも邦画特有のクサい演出が苦手だからなんです、でも

うわあやられたあああ〜〜!!!!!口コミで大ヒットということで期待して観に行ったんですけど見事に、良い意味で期待を裏切られそしてまた裏切られました…こんなにおもしろい邦画初めてだと思います。

わくわくした気持ちで映画館に座り、映画を観始めて5分ほど。ゾンビ映画撮影中に本物のゾンビが!「おっ、これが噂に聞く2部構成かあ〜」と、ここからどうなるんだろう、期待が高まっていきました。が、映画が進むにつれて感じるこの違和感。いや、違和感じゃない。確実に、この映画は「面白くない」…

俳優女優、全員演技が大げさで下手くそだし、女優の悲鳴がうるさすぎて何も入ってこない。グラグラのカメラワーク。血糊や人形の安っぽい演出。テンポの悪い会話。
正直、嘘だろ…え…マジ?ミスったわ、金返せよ…と半ば本気で思ってしまうほど。

もともと邦画によくある俳優のクサい演技が苦手で、邦画に対する不信感が強かったというのも大いにあり、本当にこういう映画なんじゃないかと思う一方で、いやまさか…あれだけ話題になっている作品がこんな面白くないわけがない、正直ここからどう挽回できるのか想像できないし期待もしないけどなんとかなってほしいという思いで観ていました。笑

そしたら、ね〜〜!!!!!不信感やモヤモヤが徐々に徐々に消えていき、パァッと晴れたときの信じられないほどの気持ち良さ!なるほどそういうことか〜〜!!!と唸らされる一方で、そこからはずっとケラケラ笑っていました。
取るに足らないと思っていたあのシーンも、そのシーンも、このシーンも!全部全部、そういうことだったのか、そのためだったのか、なるほどそういうことか!のオンパレード!これほど気持ちよくスカッとしたおもしろい邦画に今まで出会えた記憶がありません。

もちろん邦画おきまりのクサい演出なんかもありましたし、(恐らく)無名の俳優さんたちですから、演技力が凄まじいというわけでもありません。
ただ、それらもすべてひっくるめて愛おしいと思えてしまう、洋画にはないあたたかさがありました。まさに「ダサカッコいい」。この映画のおかけで、もう少し邦画を観てみようとさえ思いました。

普段邦画を避けている人にこそ観て欲しい、素晴らしい邦画。本当に、心から、楽しませていただきました。おもしろかったです!
ただ、前半はまあまあちゃんと怖いので、苦手な人は注意してください。でも、目を覆ったりはしないで。全てのシーンを見落とすな!

好奇心のはなし

わたしは好奇心がとても強くて、そして、好奇心が強くてよかったと思っています。

具体的になにって言うと、大学に入ってからの1年間、今までだったら考えもしなかったいろいなところに行ったんですよね、メイドカフェ、マッチョバー、地下アイドルのライブなどです もちろん普通のバーも

なんで考えもしなかったって、単純になんか怖いとか気持ち悪いとか、そんなつまらない理由だったんですよね、行ってから気づいたけど うわ〜〜ここメッチャ楽しいやん〜〜今まで来なかったのもったいねぇ〜〜と思ったんですよ驚くことに全部が全部

それから、今まで、例えばメイドカフェに通う男の人たちとかのこと、あまり良くない目で見ていたんですけど、「いや、あなた方がそうなる気持ちわかる、だってかわいいもん、メイドの女の子…」となって、大げさな言い方するけど、ほんとうにブワッと音を立てるように、わたしの世界が広がったんです 「あ、この人たちのことぜんぜん理解できる」って。

今は多様性社会などと言われているのもあって、わたしも常々痛感していたのですけど、他者に対する「寛容の精神」ってほんとうにほんとうにめちゃくちゃ大事じゃないですか、「あなたが好きなもののことは理解できないけど、あなたがそれを好きなことは理解するよ」というやつ。
でもそんなの頭ではわかっていても簡単に身につくものではなくて、なにか自分の理解できないことに出会ったとき、やっぱり「怖い」「気持ち悪い」という反応のほうが先に出てきてしまう。
どれだけ言葉で聞いてわかっていても、相手側の悲痛な訴えを聞いていても、悲しいことに、わたしはそれほどできた人間でもないので、わからないものはわからない。
それが、実際に「そちら側の人間」になってみることで「ぜんぜん理解できて」しまった。
めちゃめちゃすごいと思ったんです。わたしがあれほど欲しがっていた「寛容の精神」が、ただそのお店の扉をほんの少しの勇気でもって開ける、そんな簡単なことだけで手に入る。「わたしの理解できる部分」つまり「わたしの世界」が音を上げて広がる。

と同時に、その怖い、や気持ち悪い、を盾にして狭い自分の世界に閉じこもることの恐ろしさも知りました。自分は絶対に安全だけど、ただ「知らない」ということだけで相手に「怖い」といった負の感情ををぶつけてしまう。知らないことの恐ろしさ。
それに、世の中に無数にある自分が知らないだけで実は楽しいことを知らないのはもったいないし、自分が理解できないもの、怖いものは少ないほうがより良いんじゃないでしょうか。

まあそんなのは後付けで、はじめから「オタクさんの気持ちを理解するために今日はメイドカフェに行ってみよう…」なんて思ってそこにあったわけではなく、これらはただ単におもしろそう、ちょっと興味ある、という好奇心から始まったことだったんですよね
めちゃくちゃラッキー!と思ってます、こんな経験ができて、わたしに好奇心があって、それを後押ししてくれる友達がいて。


ただ、好奇心だけでは相手を傷つけることもあるというのは、今更ですけど、ちゃんと心に留めておきたい。

今はゲイバーとキャバクラとクラブに行ってみたいと思っております〜

やべえ後半あほみたいな文章になっちゃった
けどここでがんばろうとするとブログ書けなくなるからやめます わたしいい感じにまとめるのがへたくそなんだな〜〜知らんかった

長い文章を書くのがにがて

レポートなどの何千字にもおよぶ文章を書くのがとてもにがてです。いや、苦手は少し言いすぎかもしれない、どれほど長くなっても書くこと自体はできるのですが。


問題は書いたあと、自分が数分前に書きあげたばかりのその文章を読んだとき、「これは、この文章は、わたしそのものだ」と感じる。

たくさん考えて考えて書いたはずなのに、まったく中身のない、ぺらぺらな内容。なのに、言葉遣いは変に巧みで、一見「それっぽい」感じになっている。

そして、教養もなければ人間性もない中身のない自分を、うわべだけ取り繕って飾り立てて、虚勢を張って、なんとか誤魔化しながら生きている、わたし。


ああ、わたしが、ばれてしまったと思う。恥ずかしくて、いたたまれなくて、身がよじれるような気持ちになる。わたしがどれほど仕方のない見るに耐えない人間かということを、よりにもよっていちばん知られたくなかった教養ある大人、先生に知られてしまう。


自分が、中身がないのに、いっぱしのプライドだけで生きている人間だということを知るのは、とてもこわい。知ってしまったら、どうやって改善するかを考えなければならなくなるからだ。そして、改善することがどれほど骨の折れる、途方もないことなのかということは知っている。だから、知らないふりをする。考えない。そうやって、考えることから逃げてなんとか息をしていたのに、文章を書くことによって、何度も何度も突きつけられてしまう。わたしが中身のない人間だということを。まだ逃げているということを。

文章を書くことという単純な活動であるはずのものが、わたしを、丸裸にするのだ。


わたしは文章を書くのがにがてだ。

気づきなど

どうも!お久しぶりです。

びっくりするほど更新していなかった!


もとはといえば、長い文章を書くことが苦手で、その練習のためにとはじめたこのブログでした。

が、やっぱり長い文章を書くことが苦手なので、逃げるように放置してしまい、このありさまです。


最近はてなブログをはじめる方が増え、それにすこし刺激を受けてこのブログの意義的なやつについていろいろ考えました。


わたしはTwitter上で文章を書くことはすきなので、文章を書くこと自体が苦手なわけではなく、ただ長い文章を硬い言葉で書くことが苦手なようです。そして、はてなブログはその目的がたとえ「練習」であっても、あくまで趣味の範囲のものです。

だったらそんな趣味で、書けない書けない書きたくないなんて悩む必要ないやんけ、好きなことを好きなように楽しく書いたらええやんけとなりました。

しかも、長い文章なんか言うてしまえば短い文章のつながりですし何を難しく思ってたんでしょうね、こうやってすぐ難しく考えるのはわたしの良くないところです


何かを表現したくて、誰かに伝えたくて、ではなく、もともと自分のためだけに始めたはずのブログ。

もういちど自分のために書いてみようと思います。

思想メモ 2:若さでふまじめになる

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きのうは土曜日ですね、みなさんは存在を大にして歩き回ったり居間で寝そべったりしましたか!突然ですが滝沢カレンさんのインスタグラムは最高だということをお伝えします。

今年の春に大学1年生になって、自分が若いということ、そして若いことがいかにとんでもなくすごいことかを知りました。
だいがくいちねんせいです、じゅうきゅうさいです、と言った途端向けられる大人たちからの甘やかなまなざし!それも容姿にあまり関係なく!どこへいってもやれ若い女の子だとちやほやされる。
今までのわたしなら、それを知っても、若さなんてすぐ失うし…とか、この人たちがちやほやしているのはわたしの「若さ」のみだろうし…なんて言って、若さゆえに受ける好意を虚しい、ばかばかしいと切り捨てて、感情を動かさないようにして、あなたたちがわたしをもてはやすのはわたしが若いからだってこと知ってるんだからね、わたしは馬鹿じゃないからお見通しよなんて顔をして、今日も何ひとつかわいいところなく生きていたと思います。

でもいつだったかな、はたと気づきました。えっ、いや待てよ、どうせ失うなのなら利用しつくしてさようならしたほうが得じゃん!そうだ、わたしは若いんだ!若いことはなんだかそれだけでもうすばらしいことなんだぞ!そうだ、わたしは若くて、だから
かわいい女の子なんだぞ!と。


わたしは人に何かしてもらうことが本当に苦手で、例えばご飯なんかを先輩だからとか男の人だからだとかでおごってもらうことも苦手なんですよね なぜかって、うまくその喜びを表現できないからだと思います。

わあ!いいんですか!なんだか悪いなあ、とへらっと笑って、ありがとうございます!ごちそうさまです、えへへと笑って、にこにこする、

この流れが頭ではわかっているのに、いつもどうしても、なにか悪いことをしたみたいに神妙な面をしてすみませんすみません…と言ってしまっている。感謝のきもちよりも、先に、あなたが大切な時間を削って得たお金をこんなわたしなんかのために…という気持ちでいっぱいになるんだと思います。
でもこれって相手には感謝の気持ちがまったく伝わっていないんですよね、なぜなら人はどうがんばっても人の外見からしか相手の気持ちを読み取れないからです。だからこうして神妙な面持ちをしてしまうことってぜんぜんかわいくない!相手の方にもわるい!わかっているんです!

ここでですね、「わたしは若いぞ!若いってなんかもうそれだけですばらしいみたいだぞ!」という意識を持つ。

すると、だれかに何かしてもらったとき、若さという素晴らしいものに対して何かしてもらったんだ、これは等価交換なんだと考えることができて、
え、いいんですか、悪いなあ、でもラッキー!ありがとうございます、嬉しいなあ、とちょっとね、ちょっとだけですけど、思えるようになったんです。おかけで少し、うまく振る舞えるようになってきた。

それから、目上の人や憧れの人と話すとき、ちょっとしたミスをしたとき。

あなたと話してみたいんです!わたし若いからちょっと粗相もあるかもしれないけど、でもまだ若いから許してください!だってわたしはあなたに憧れていて、あなたとお近づきになりたいんだもん。

先輩、すみません、わたしまだこれができなくて。教えてもらえませんか。お時間いただいちゃってすみません。とえへへと笑う。悪びれない。

端的にいうと、わたしは、若さを武器にして不真面目になりました。そして、かわいくなりました。若さを武器にするということはここではつまり、今までなんとなく憚られていたことを「若いから大丈夫だろう」という自負を持ってして、それを実行するための勇気にする、ということです。
真面目でいい子だけど、どこか少しとっつきにくい優等生から、不真面目だけど、なぜか憎めない愛すべきわるい子へ。
若さという武器、実はずっと前から持っていたその武器の使い方をちゃんと覚える。そして、「なれる自分」の幅を広げる。これはわたしのひとつの成長です。

ちょっと話は変わるけど、「悪びれない」ってすごい才能じゃないですか!悪びれないということは、自分はそれほど悪いことをしていないからきっと許してもらえるだろうという自負と期待があって初めてできるわけで、つまり自分と世間をよっぽど信頼していないとできないってことですよね。すごいことだ


もちろん若さはあっという間に、というか、もう1年経たないうちに失ってしまうけれど。若さにかぎらず、生きていく上で失うものや得るものは小さいものを含めると毎日あるもので、こうやって若さを武器にしてふまじめになることで得るものがこんなに増えるなら、価値の等価交換とでもいうのかな、それになるんじゃないでしょうか。というか、ちゃんと等価交換になるようにがんばろうぜ自分!という話です。ウーン書けば書くほど今までの自分はそういうチャンスを「失うのがこわいから」という理由で逃してきた気がしてならない。

でも今気付けてよかった!まだ若いもんね、きっと大丈夫です。若いうちに気づけたことでこれから振ってくるチャンスもまだまだあるだろうし、それに備えることができます。若いって最高!ここからもどんどん若さで道を踏み倒して、でかい顔してずんずん歩いてやるぞ〜〜

 


ここまで読んでくれてありがとうございます。勢いで書いたので支離滅裂になってしまった。でもいいよね、許してね、文章を書くことに関してはまだまだこれからなので!だってわたしまだ若いもん。

 

しあわせ!

こんばんは!突然ですがわたしはいまめちゃくちゃ幸福です!ちょっともう今日は本当に幸せでとても浮かれているので、思想メモとか関係なしで、今日という日はこんなに幸せだったんだよ、わたしはこんなに幸せな気持ちになってたことがあったんだよ〜〜とこの幸せな気持ちを書き残すためだけにブログを書こうと思います。わたしの、わたしによる、わたしのためだけの、ただのメモ!

今日はお昼から友人とお笑いライブに行きました。ふたりでお昼ごはん何食べる〜となってぶらぶらしていたら、食べログ高評価でチェックしていた、いつもは大行列のお店がすごく空いている!ラッキー!もちろん入りました!
看板メニューのバターミルクパンケーキにマスタードチキンをこんがり焼いたランチプレート、大好きな抹茶を使った色鮮やかでかわいらしいパフェ…めーちゃくちゃに悩んだけど、結局わたしは看板メニューのバターミルクパンケーキ、友人はティラミスのパンケーキを注文。
友人とはお互いの近況報告をして、大学生は忙しいよねえと言って、お互いのやりたいこと、そのためにがんばっていることを聞き合って、ちょっと明日をがんばる活力をもらったりしました。その傍ら、焼きたてのパンケーキをおいしいねえと言って食べました。

開演時間まで時間があったので、漫才劇場のとなりのドンキホーテへ。良いと話題になっていたヘアマスクを定価の200円引きで手に入れた!そのほか美容に気をつかっている友達へのプレゼントと、ニキビに効くらしいと大人気の化粧水を買いました!これあんなに大きい店内で残り3本だった!ラッキー!それにわたしは人へのプレゼントを考えたり買ったりするのが大好きなので、ここでもすでにとてもわくわくして楽しかったです。

外に出るとなにか騒がしい…「芸人さんが出てるのかな?とにかく行ってみよう」と友人に言われて出てみると、マ、マルセイユの別府さんがいる…!!もうふたりで大興奮して、サインもらおう写真も撮ってもらいなよ、うんうんそうする、でもちょっと待って、ああだめだ緊張する見て手が震えてる、なんてやっていたらマルセイユの津田さんを発見してしまいました、そりゃあもう大変でした。
あっとかヒエーとかうっとかなんとか言いながら友人に急かされてやっとのことで近づいて、無事サインをいただいて、写真も撮っていただいて、あとこれ、何気にとても重要なんですけど、撮ってもらった写真の映りがとっても良くて、というか、写真が苦手でいつもイヤな感じの顔をしているわたしがいい笑顔をしていて!すごく嬉しかった。実はホッとしていました。これで見るに耐えない顔で写真に写っていたらどうしよう、見返せないや…と思っていたので…
マルセイユの別府さんは愛想がよくて、あっどうも、ほんとですか!いや、どうもありがとうございます!という、頭で考えていたとおりのお返事をしてくださって、ああ、別府さんや〜〜となりました。笑
対して津田さんはめっちゃくちゃ塩対応で、ああ、そう、ありがとう、うんみたいな感じだったけど、サインを頼むと、名前は?田中ちゃんね、はい、ありがとーね、また観に来てねと日付と名前まで入れてサインしてくれて、ああこれがファンに受けてるんだろうなあと思いました。わたしもそんなファンのひとりなわけですが!

で、他にも色々好きな芸人さんに撮ってもらって、あと2メートルズさんという芸人さんから僕たちの公演のビラ配ってもいいですかと声をかけられてちょっとお話ししていたんですけど、その方がMARVELの服を着ていたので、マーベルお好きなんですか?と聞いたら好きです今公開されてきるスパイダーマンもう2回観ましたとのことで、わたしと同じくMARVELファンだったみたいで、これはこれは、と固い握手を交わしました。そういうわけで2メートルズさんの公演にも行ってみたい。

もう本当に楽しい1日を過ごして、友人とも楽しかったねよかったね次は絶対和牛さんと写真撮りたいね、また行きたいねいや行こうと、なんていうかこう、お互いが本当に今日は楽しかったと思っていてまた遊びたいと本気で感じている、そんな雰囲気のお別れってあるじゃないですか、稀にだけど。そういうはなまる満点のお別れをしました。
今日はいい日だったなーとなんだかふわふわした夢の中にいるようなそんな気持ちで帰途につきました。
帰ってTwitterを開くと、わたしの大好きなMARVELの公式アカウントが何やら19:00〜22:00限定でポスター・グッズの抽選をしていて。わたしは抽選とかそういうキャンペーン、特に母数の多いTwitterでの抽選は当たるわけがないとスルーしているんですが、このキャンペーンはアカウントの中の人が独断と偏見でマーベル愛の強そうな人を選別して当選させますという内容に読み取れたんですね、これはやるしかない。
勢いよく大学のアカウントの方で呟いたはいいものの、すでに1番大きな品が誰かに当たったらしいぞ。で、その人のツイートを読んでみると、なるほどマーベルへの愛が強そうな文章が書かれている。そこで、一旦心を落ち着けて、正直使いたくはなかった高校のアカウントの鍵を外して、わたしのできる精いっぱいで、140文字全部を使って、マーベル愛の強そうな文章を書きました。これでだめならだめだと思いました。

抽選云々で不安になりたくなかったので、昨日作っておいた甘辛たれを使って鶏むね肉を焼いて、これまた昨日仕込んだ、自分好みに甘く作ってあるピクルスを器に盛り付けて、キンキンに冷たくした麦茶をグラスに注いで、さあ晩酌をはじめよう、借りてきた映画を観ようとしたら……
当たってました。MARVELの、アントマンの俳優と監督のサインが入ったポスター。

びっくり。本当に本当に本当に嬉しい。ポスターが当たったことは本当に嬉しい。でもそれ以外に、自分の作った140文字の文章がちゃんと届いたことが嬉しい。うわ〜〜幸せだ〜〜〜〜

今日はぜんぶぜんぶがうまくいきました。世界がわたしをまるっと受け入れてくれた。

今、今日の私は、大げさかもしれないけどでも、世界でいちばん幸せです。幸せな自信があります。幸せです!幸福だ〜〜!

よし、幸せなうちに寝よう。おやすみなさい。

思想メモ1 : スターウォーズが好きじゃない

こんにちは、思想メモ1です。前回からそれほど時間の経たないうちにこの話を書きたかったんですが、あれよあれよという間にテスト期間に入ってしまって、まあ、このとおりです。何かに追われているときの方が書きたいことがぽこぽこ生まれるのなんでだ、適応機制かな

でまあ、スターウォーズのことなんか忘れて書きたいこと全部ワーッと書いてやろうかとも思いましたが、前回、次はスターウォーズが好きじゃないという話をすると言ってしまっていたのでやめました。自分は有言実行が苦手だと知っているのに有言するの、よくない。よくないとわかっているのに、こういうこと、意外と簡単に忘れてしまうんだよな~~ 忘れないようちゃんと何かに書き留めておこうと思います

さて本題のスターウォーズが好きじゃないの話をします。
私はSFやアクションの映画が好きなので、スターウォーズは絶対に好きになるだろうなと思っていました。
それにスターウォーズがいかに素晴らしいかという話はたくさん耳にしていたし、私がよく参考にしているYahoo!映画のレビュー欄もスターウォーズを讃えるコメントで溢れていたし、「スターウォーズSF映画好きなら好きになること間違いなし!技術・ストーリー・キャラクター全てが素晴らしい映画!」という空気があったし。
だから「よ~し、今更感は否めないけど、スターウォーズにハマっちゃうぞ~~!」てな感じでスターウォーズのいちばんはじめのエピソードを観ました。


全然ハマらなかった。
というか、「え?なんかストーリーめちゃくちゃじゃない?脚本どうした?あれ?あれあれ??」という感じ。
レイア姫が2人の男とよろしくやってるみたいだけどその心情が全然わからないし、ダースベイダーが実の父親だとわかったルークさん、めちゃくちゃ驚いて動揺して全然受け入れられなくて船から落ちそうにまでなったのに次の瞬間ダースベイダーに「父さん!!!」とか言ってて、いやいやお前受け入れられとるやんけ、さっきの船から落ちるほどの動揺どこいったんや…


そしてその次にやってきたのは、とてつもない不安でした。
あれだけ評価されている作品であるスターウォーズを理解できないなんて、私はおかしいのかな。
私は大した数の映画を観ていないからちゃんと映画を評価することができないのかな。

だから、スターウォーズを良いと思えるようになろうと、理解しようと、何回も観て、Yahoo!映画の高評価口コミを読み込んで、「スターウォーズの魅力」みたいなネットの記事にもたくさん目を通して、確かにあの時代であの映像技術はすごいわなとか、確かにキャラクター立ちは素晴らしい、とかなんとか良いと思うところを抽出して納得させようとしていました。

結構それが長く続いて、世の中から取り残されたような孤独を感じてたんですね
で、あるとき気づきました。
いや芸術への評価なんて人それぞれなんだしスターウォーズが理解できなくたってなんら問題ないよね、なんでわたしこんなに追い詰められていたんだろう。



"「スターウォーズSF映画好きなら好きになること間違いなし!技術・ストーリー・キャラクターすべてが素晴らしい映画!」"


この空気感だったんですよ、SF映画が好きな人なら間違いなく高評価だよねという空気感。「私は好きじゃなかった、というかストーリーどうなの?」と言えない空気感。言えば「あの時代であの技術がどれだけ画期的だったか!当時どれほどセンセーショナルだったか!」とすぐさま返ってきそうな空気感。

「良い映画かどうか」を判断するときにどこを重視するのかは人それぞれのはずなのに、これは完全に偏見なんですが、スターウォーズはどうにも「めちゃくちゃ古い映画なのに」という前提を押し付けられているような気がします。
「古い映画であること」を魅力の1つとするのか否かは個人の問題じゃないですか、
確かにあの時代であの技術は物凄いことなんだろうけど、だからと言ってそれを理由にストーリーを重視する人を黙らせるのはちがうよなあと。
それ以来なんとなくスターウォーズが好きじゃなくなりました。作品が好みでなかった、というより、なんかもう…いいですわ……スターウォーズ…うん…という感じ。

まあまあ引っ張っておいてなんだこの話!でもこれが正直なところです。とにかく私はスターウォーズが好きじゃないんだ~~!!!!!と声を大にして言いたかっただけです。すっきりしました。

次回は自分の苗字がすきな話か、猫より犬派という話か、テスト中に書きたいなと思っていたことか、まあそのあたりを書きたいなと今は!考えていますが、どうなるかわかりません。ちゃんと有言していないよ!ありがとうございました。

どうでもいいけど初回の記事で書いた、ブログを始める理由だって思想のひとつですよね、だからあれがほんとのいちばんはじめの思想メモだったわけですが、まあそれは思想メモ0と名付けて消化することにします。